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コンコース 2001-2002

2001年から2002年にかけて、シンガポールのサービスアパートメント、コンコースに住んでいた。

コンコースはオフィスビル、ショッピングモールも含むコンプレックスで、高いタワーにはオフィスが入っており、低層の1~2階はショッピングモールになっていた。ショッピングモールはごく小規模なもので、食料品・日用品の買物には不適だった。低層の建物の3階以上がサービスアパートメントだった。

ラッフルズホテルの前からビーチロードを北東に進んだ右側にあり、ビーチロードの反対側はアラブ人街だった。


アラブ人街の食堂で、よくロッティープラッターを食べた。薄いパンケーキのようなロッティーを千切って、カレーソースに浸して食べるのだが、インドではそのようなものを見かけた事は無い。東南アジアのインド料理という趣である。


この特徴あるオフィス棟は、ニコル・ハイウェイから良く見える。その左に低層棟がある。


これが低層棟の住居部分。ビーチロード側から見たところ。欧米人の入居者が多く、日本人は殆ど見なかった。

コニストンとウィンダミア 2009/05/05

2回目の湖水地方訪問。前回は1993年だったので、16年ぶりである。前回はイースターの時期で、今回同様、小雨模様だった。


ウィンダミア湖に面したボウネスに宿泊し、そこから車で、ウィンダミア湖とコニストン湖の周りを、大きく一周した。



これがボウネスの船着場。寒い上に小雨模様で、閑散としている。アーサー・ランサムの物語のなかでは、子供たちは「リオ」と呼んでいる。夏休みの時期は賑わいを見せるのだろう。




コニストン湖の南端。





物語の中で子供たちがキャンプする「ヤマネコ島」は、コニストン湖にあるこの島である。(正確には、ウィンダミアにあるもう一つの島もモデルになっているらしい。)





これはコニストン村の北にあるユースホステル「ハリハウ」。ウォーカー家の子供たちが夏休みを過ごした農場の名前は、ここから取ったもの。(その当時は個人の住宅で、ユースホステルではなかったようだ。)ただし、子供たちが過ごした農場のモデルは別の名前で、コニストン湖の東岸にある。